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白川郷 1
4月4日(月) 快晴
 朝、7時過ぎのバスで白川郷へ。
 山奥深く入ったところに鳩ヶ谷がある。白川郷は合掌造りの建築が有名なところ。このあたりには、まだ雪が残っていた。冬は名古屋からのバスも運休するような山深いところだけに雪も多いのだろう。まだまだ、寒さも残っていた。
 観光シーズンにはずれているせいか、それともこれが本当の白川郷のたたずまいなのか、静寂そのものの感があった。

 風邪の症状が悪化し出す。どうやら、天橋立で引いたらしい。

 『合掌の里には、確かに人々の生があり、それはとても素敵であった。苦労して訪ねただけのことはあった。民宿でどぶろくを勧められたのに、風邪で飲める気分じゃなかったのが、悔しい。』と、当時のメモにある。

◆30年後の記憶◆
 長距離のバス旅行なんだけど、特に印象がない。今でも3時間を超える移動で、9時に名古屋を出発して、12時半近くにやっと鳩ヶ谷に到着する運行ダイヤである。30年前は、7時過ぎ(どうも怪しいが、高速道路も無い時代である、あながち記憶違いと言うこともないだろう。)1時を過ぎていたような記憶がかすかにある。旅も長くなってきたし、たくさんの想い出が詰まって、多少のことでは印象深いと思えないようになってきたせいかもしれないが、初めて眺める車窓の景色さえもメモを残すこともなく、淡々と走るバスに黙々と乗ってただけなのであろう。
 御母衣ダムのそばを通った。土木を学ぶ学生としては、さすがにこのことだけは、記憶に残っていた。だが、記憶とは不確かなもので、ロックフィルダムの赤茶かけた岩の塊を積み上げただけのような見た目に、これで持つのかしらと心配した(余計な心配ではある。。。)印象はあるのに「御母衣ダム」の名称は思い出せなかった。今回、地図を確かめて「そうだったよな。」と、思い返す。進行方向右手前方に見えていたと思ってたダムが、右手後方に見える道路の位置関係だった。(道路が変わってるのかもしれないけど。。。)


気張って書いたので、写真は明日以降に
| 臥牛蝦夷日記 | 20:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
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