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京都_10 大徳寺2−大仙院
 枯山水・・・蓬莱山、枯滝、亀石(島)、鶴石(島)、白砂による水の流れの描写
 白砂を水に置き換えると日本庭園の一般的な石組みと構成は変わらない。池がある庭に比べれば、実寸がないのでいかんともしがたいところはあるが、石の表情や石組みの妙で、全体のスケール感を楽しむことになる。
 抽象的表現手法の石庭ほど美の解釈が困難ではないが、その分、やや俗っぽくは感じる。
 三角錐の盛り砂が置かれた庭は、「中海」と呼ばれ、単体で見ると紛れもない石庭だが、3カ所に分かれる庭の全体構成は枯山水となっている。
 とここで、ガイドブックに目を落とすと、方丈、床の間、玄関が日本最古のものであると出ている。方丈、床の間は分かるが、玄関はさっき入って来たとこじゃなさそうだし、・・・よく分からない。そこに、お坊さんが通りかかる。即、尋ねると、
 「禅寺での玄関は、精神統一を図る場所で、初期の玄関は長いものであった。」との、説明を受ける。確かに、あそこから、ここまでといわれると、長い。
 「鴨居は取り外しができるのですよ。公家さんが頭を下げなくても入られるように。」とか、禅寺での修行の内容など、パンフレットに書いてない、いろいろな話を聞かせてもらった。
 何となく、思い出深い場所になりそうな気がしながら、大仙院をあとにする。
 先に記載した「龍源院」と記憶がごちゃごちゃになっていたが、WEBで探した写真を見て、「枯山水」のキーワードを思い出した。
 金閣寺でも感じていたことなんだが、寺院は日常の俗世間とは異なる空間との意識があって、”俗っぽく”ない方が、私の心に滲みるようだ。石庭に比べると”俗っぽく”はあるが、「枯山水」の庭には、「抽象」とか「水墨画で色を見せる」といった、想像力を問う語りかけがある。
 30年前には、「石と砂利」で、川の流れや海を表現しなくても・・・。違う庭の作り方の方が、楽しめるのでは?」と思っていた。だが、この年齢になると、「それも風流よな」と思えるようになって来ている。今、再訪すると、もっと違う世界が見えるかも知れない。

【関連リンク】 
日本庭園の美/室町時代の庭園
| 臥牛蝦夷日記 | 20:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
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