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甘樫の丘
 今朝(2005/11/14)、蘇我入鹿邸跡ともくされる遺構が発見されたのと報道があった(NHK)。
 明日香を訪ね歩いたときに甘樫の丘は訪ねていて、ガイドブックにも『ここに蘇我氏の邸宅があったと伝えられている。』との記載があった。緑に覆われた小高い丘に登ると、大和三山を見渡すロケーションが広がる。当時、権勢をふるっていた蘇我氏の邸宅跡に確かにふさわしい場所であると感じ、甘樫の丘全体が蘇我氏の邸宅跡で、その邸宅も丘全体を砦のようにした中世の館のイメージを抱いていた。
 だが、今朝の報道によると、発見された遺構は甘樫の丘の裾野の一画で、しかもその場所の地形が日本書紀の記述と符合し、どうやら本命筋のようである。
 今、旅日記を書き込んでいる『木曽路』には、当時の面影を伝える江戸時代のいくつかの宿場町が残り、『江戸時代の姿』を視覚的に認識させてくれるが、飛鳥時代ともなると現存する建物もなく、あるのは遺構のみなので、そこを訪ねてもまったくイメージがわかなかったりする。もっとも、今回の件に関しては日本書紀に場所を特定するような記述(「谷間にある宮」と呼ばれていたとの内容)があると言うことだから、事前の勉強不足とも言えるのだが・・・、甘樫の丘全体が邸宅跡というのが、勝手な思いこみだったらしい。
 明日香のような国家的歴史遺産の監督官庁である文化庁は、建築物については時代考証に基づいた細部の意匠までも復元することが必要で、安易な・・・こんなものだろう的な復元は認めていないと聞く。費用の問題もあるのだろうが、平城京も広大な敷地が確保されているにもかかわらず、町並みとしての復元がされていないのだから、時代がさかのぼる明日香ではなおさらだろう。妻籠のように、視覚的にわかりやすい明日香というのも見てみたい気もするが、著名な、しかも伝承のある蘇我氏邸宅の遺構ですら今の発見である。まだまだ、その姿を見せてくれるのは時間がかかるのだろう。
 薄ぼんやりとして、いろいろ想像をかき立てる古代というのもある意味で魅力的だが、歴史的事実の確定によってその時代のいろいろな知識を与えられるとやはり面白いと感じる。その積み重ねが私たちに古代の姿をもっとわかりやすくしてくれ、そしていつかは視覚的にも示してくれるのかもしれない。
 発掘という地道な研究が少しずつ古代を身近にしてくれている、そんな今朝の報道であった。
| 独白(ひとりごと) | 21:31 | comments(1) | trackbacks(1) |
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コメント
コメントありがとう御座いました。
まさか、税理士からTBされるとは思われなかったでしょうね。
これが、ブログの醍醐味です。
記事をご覧になればおわかりのとおり、小生は隠れ歴史マニアだったりします。
また、意外なところでTBしてビックリさせようと思います。
| 大林税理士 | 2005/11/15 11:14 PM |
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